当協会は、富山県高岡市に本拠を置く、ウオーキング愛好者の同好会です。 

 2011年6月に発足して以来、月1回の例会(プレ及び本番)を通して、地域の歴史と文化に触れ、自然を堪能しながら自らの健康づくりと仲間同士の親交を図っています。

 今日では会員数も200名に達するまでになりました。

 当協会は「富山県ウオーキング協会」を通して「日本ウオーキング協会」に加盟し、会員には「IVV」の規定による参加回数や歩行距離に応じた記録認定を行っています。

 また、「日本ウオーキング協会」では「オールジャパンウオーキングカップ」や「東海北陸マーチングリーグ」など、さまざまなウオーキングイベントを始め、「地球一周4万キロ挑戦」の記録認定なども行っており、会員の中にはそうしたイベントに参加している人も大勢います。

 あなたも一緒に歩いてみませんか(一般参加費 500円)

第86回例会「イオックスアローザヘ黄いろコスモスを見に」プレ

「わだばゴッホになる」           草野心平
鍛冶屋の息子は。相槌の火花を散らしながら。わだばゴッホになる。
裁判所の給仕をやり。貉(むじな)の仲間と徒党を組んで。わだばゴッホになる。とわめいた。
ゴッホにならうとして上京した貧乏青年はしかし。ゴッホにはならずに。世界の。Munakataになった。
古稀の彼は。つないだ和紙で鉢巻きをし。板にすれすれ獨眼の。そして近視の眼鏡をぎらつかせ。彫る。
棟方志昴を彫りつける。

1903年、青森に鍛冶屋の三男坊として生まれる(15人兄弟)。小学校卒業後、すぐに家業の手伝いに入ったため中学には行けなかった。17歳の時に母が病没し、家運も傾き父親は鍛冶屋を廃業。志功は裁判所弁護士控所の給仕となった。絵が好きだった棟方は、仕事が終わると毎日公園で写生をし、描き終わると風景に対して合掌したという。
18歳の時、友人宅で文芸誌『白樺』の挿し絵に使われていたゴッホの『ひまわり』と出会う。炎のように燃え上がる黄色に、そのヒマワリの生命力と存在感に圧倒された。カンバスに刻まれたヒマワリから、ゴッホその人が立ちのぼった。