当協会は、富山県高岡市に本拠を置く、ウオーキング愛好者の同好会です。 

 2011年6月に発足して以来、月1回の例会(プレ及び本番)を通して、地域の歴史と文化に触れ、自然を堪能しながら自らの健康づくりと仲間同士の親交を図っています。

 今日では会員数も200名に達するまでになりました。

 当協会は「富山県ウオーキング協会」を通して「日本ウオーキング協会」に加盟し、会員には「IVV」の規定による参加回数や歩行距離に応じた記録認定を行っています。

 また、「日本ウオーキング協会」では「オールジャパンウオーキングカップ」や「東海北陸マーチングリーグ」など、さまざまなウオーキングイベントを始め、「地球一周4万キロ挑戦」の記録認定なども行っており、会員の中にはそうしたイベントに参加している人も大勢います。

 あなたも一緒に歩いてみませんか(一般参加費 500円)

第89回例会「小矢部川遡上ウオーク」②‥本番

小矢部川という名前は小矢部市の上流に小矢部という村があったことが由来と言われている。

万葉集に詠まれている「射水川」はいつ小矢部川になったんでしょう?

昔は道より川のほうが運送の中心だった?特に北前戦で物資が広域に運ばれたころは湊が物資の海と川との結節点だった。

北海道から運ばれてきた昆布は伏木港から小舟で小矢部川を遡り、木町で積み替えて千保川(昔は庄川?)を遡った。

千保川は両岸から人足が縄で引いて上流へ向かったのは知られているが、その先はどうしたんだろう?まさか福光まで竿をさして遡った? 

明治30年に「中越鉄道(現在の城端線・氷見線)」が開通し、物資の輸送は舟から鉄道や道路が担うようになる。

(中越鉄道――富山県で最初に開業した鉄道であり、日本海側において最初に開業した私設鉄道である。富山県西部の砺波地方から産出される米などの農産物を伏木港へ輸送することを主目的として地元の地主などを中心に設立された)

第89回例会「小矢部川遡上ウオーク」②…プレ

富山県の七大河川〈黒部川・片貝川・早月川・常願寺川・神通川・庄川・小矢部川〉の中で唯一の緩流河川である小矢部川。

『朝床に 聞けばはるけし 射水川 朝漕ぎしつつ うたふ舟人』と、家持が詠んだように、緩い流れは舟運を発達させた。

加賀藩時代は、年貢米を舟で運ぶ「川下げ」が行われていたし、米を運んだ舟の帰り荷には、塩や田畑の肥やしになる「にしん」などを運んだ。

舟は小矢部川を津沢まで、水量が多い時は福光まで遡り、そこから小舟に積み替えて網の目のような用水を更にさかのぼり、砺波平野のすみずみまで舟が入り込んでいたという。

それにしても、七大河川の中で唯一清流でないのは誠に残念です。