当協会は、富山県高岡市に本拠を置く、ウオーキング愛好者の同好会です。 

 2011年6月に発足して以来、月1回の例会を通して、地域の歴史と文化に触れ、自然を堪能しながら自らの健康づくりと仲間同士の親交を図っています。

 今日では会員数も200名に達するまでになりました。(少し減りました)

 当協会は「富山県ウオーキング協会」を通して「日本ウオーキング協会」に加盟し、会員には「IVV」の規定による参加回数や歩行距離に応じた記録認定を行っています。

 また、「日本ウオーキング協会」では「オールジャパンウオーキングカップ」や「東海北陸マーチングリーグ」など、さまざまなウオーキングイベントを始め、「地球一周4万キロ挑戦」の記録認定なども行っており、会員の中にはそうしたイベントに参加している人も大勢います。

 あなたも一緒に歩いてみませんか(一般参加費 500円)

第107回例会「内川の橋巡りと放生津八幡宮」

          曇り時々晴れ  参加者52人(会員48・他協会1・一般3)

放生津八幡宮の案内板に、家持が越中国主として赴任し、奈古の浦の風光を愛し、備前の宇和八幡神を勧請し、奈古八幡宮と称したのが創始だと書かれている。8世紀半ばのことである。

それから8世紀後、室町幕府10代将軍「足利義材」が京都から逃れてくる。放生津城は一時歴史の渦中に飲みこまれる。

それから2世紀ほど経って、俳人松尾芭蕉がやってきた。(八幡宮に来たかどうかは定かではない)

わせの香やわけ入る右は有磯海」の歌が物議を醸すことになる。(朝日町にもこの句碑がある)

芭蕉と曾良は市振の宿を出立し、越中国に入る。

くろべ四十八(しじゅうはち)が瀬とかや、数しらぬ川をわたりて、那古と云浦に出。担籠(たこ)の藤浪は、春ならずとも、初秋の哀とふべきものをと、人に尋れば、「是(これ)より五里、いそ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑の苫ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かすものあるまじ」といひをどされて、かヾの国に入。

(黒部四十八が瀬というのだろうか、数え切れないほどの川を渡って、那古という浦に出た。

「担籠の藤浪」と詠まれる歌枕の地が近いので、春ではないが初秋の雰囲気もまたいいだろう、訪ねようということで人に道を聞く。「ここから五里、磯伝いに進み、向こうの山陰に入ったところです。漁師の苫屋もあまり無いところだから、「葦のかりねの一夜ゆえ」と古歌にあるような、一夜の宿さえ泊めてくれる人はないでしょう」と脅かされて、加賀の国に入る。)

芭蕉と曾良は滑川の宿を出立し、奈古の浦から庄川を越え、吉久の街道を南下し、岩瀬のから高岡の城下に入る。旧暦の7月14日(8月23日)の昼下がり。暑さと疲労でへとへとになり旅籠町の街道で宿をとったのであろう。

翌朝、一行は高岡の見物もしないで倶利伽羅へ向かう。


総会は3月13日です

最終更新

  1月3日                    

更新履歴   12月27日   歩行記録     

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