理想的な歩行姿勢

どんどん歩いてエネルギーを消費すれば糖分を使いますから、血糖値は下がります。運動の初期は糖が中心ですが、すぐに脂肪の燃焼も始まるので、中性脂肪も下がります。生活習慣病のリスクが抑制されるわけです。がんの予防になるという学説もあります。

下肢の筋肉だけでなく、体幹や上肢などの筋肉も鍛えられます。このように、とにかくウォーキングは健康にいいのです。

では、歩き方で気をつけること、理想的な歩き方とはどのようなものでしょう?

50歳を境に歩き方が変わることは私たちの研究で明らかになってきました。たとえば筋力の低下とともに、より楽で安全な歩き方をするようになる傾向があります。

つま先を持ち上げずにペタペタとすり足で歩くのもそうですし、左右の足を離してついたり、足を外側に向けたりして身体重心の揺れを安定させるのもそうです。

筋力の衰えをそのような歩き方の変化により、無意識にカバーしようとしているわけです。楽に歩くと、姿勢は悪くなるし、筋力も衰えます。負のスパイラルに陥っていきます。

逆に言えば、身体にある程度、負荷をかけてやれば、筋力は維持され、後期高齢者になっても元気に歩けるようになる。正のスパイラルに戻すことができるのです。

このように歩行速度を保つこと、理想的な歩行姿勢をキープすることがいつまでも元気に歩くためには大切になってくるのです。

もし腰が曲がっていたら、時速7キロを出すことは難しいと思います。ひざを曲げて、小さなストライドで歩いているのでは、時速7キロは出しにくいはずです。

つまり、時速7キロで歩行できるようになることは、換言すれば、ほぼ理想的な歩行を実現していることになるでしょう。

ただし、「ほぼ」と書いたのには理由があります。腕を引くようにして歩ける人が意外と多くないのです。腕を振ると聞くと、どうしても前方へ振り出してしまいます。ここだけは意識して直す必要があるでしょう。

また、鼻で吸って、口から吐く呼吸を心がけること。おなかをグッとへこませて
(いわゆる「ドローイン」です)歩くこと。こうしたことも意識すると、エネルギー消費効果はアップします。

歩行年齢を若く保つ最大のポイントは歩行速度であると説明しました。少なくとも時速7キロで歩けるうちは、支援・介護が必要な状態からは離れていられるはずです。

私たちアシックスではどういう歩き方を「理想的な歩行姿勢」と考えている
のか?  その一部の要素を示したのが下の図です。

食前に歩くか、食後に歩くか

ダイエットを目的にウォーキングを始めた方は「20分以上やらないと効果がない」という話を聞いたことがあるかもしれません。

私たち人間は、運動するときのエネルギー源として、主に糖分と脂肪を使いますが、脂肪がうまく使われ始めるには少し時間がかかります。運動を始めると、「エネルギーが必要だ!」と感じた脳は、身体にためておいた体脂肪を使うように命令を出します。

ところが、体脂肪がエネルギーとして利用されるには、遊離脂肪酸という形で血液内に放出されなければなりません。その行程が効率よく回りだすのに少し時間がかかるというわけです。

以前は「運動は20分以上やらないと意味がない」と言われたりもしましたが、20分経たないとまったく脂肪が使われていないという意味ではありません。最近では、10分程度の運動でもこまめに行うことで十分脂肪燃焼の効果があることも報告されています。

同様に、痩せるためには、食事でとった栄養が脂肪として蓄積されないよう、すぐ消費してしまうほうがいい。ときに「ウォーキングは食後にやるべきだ」とされるのは、そういう意味なのです。

ただ、この本はダイエットが目的というより、いつまでも元気に歩ける身体を作ることを目的にしています。脂肪を減らすというより、筋肉を増やしたい。そのためには、食前に歩いて、食事で筋肉の材料を補う必要があります。運動をした直後の身体
は栄養を欲する状態になっていますから、効率よく筋肉をつけられます。

それに、長期的に見れば、これにもダイエット効果はあります。短期的に見れば、筋肉量が増えることで体重は増えるのです。しかし、筋肉がつけば基礎代謝が上がる。

何もしていなくても脂肪を燃焼するような身体に変貌するわけです。「痩せやすい身体」に変わる。長い目で見れば、脂肪も体重も減っていきます。

人間が歩けなくなるのは、筋肉が衰えていくからです。50歳以上でウォーキングを始めるとしたら、筋肉をつけることを最優先したほうがいい。本書の目的を考えると食事の前に歩き、歩いたあと食事をとるほうをおすすめします。

アシックス スポーツ工学研究所

家庭内暴力

斎藤 環 (精神科医 筑波大学教授 
こころのドア船橋スーパーバイザー)

家庭内暴力は放置すると殺傷事件にまで発展しかねない危険な側面を持っています。しかし、適切に対応すれば、そのほとんどは解決することが可能です。ここには、当院での指導の基本方針を記しておきますので、お子さんの家庭内暴力にお悩みのご家族は参考にしていただきたいと思います。

 家庭内暴力そのものは診断名ではありません。不登校などと同様、ひとつの状態をあらわす言葉です。それが常に病的なものとは言えませんが、もちろん中には病理性の高いものも含まれています。ここで述べる家庭内暴力は精神病、すなわち幻覚や妄想などをともなわないもので、治療的対応によって解決が可能なものを指しています。

 些細なこと、時には理由もなしに突発する暴力は、家庭の雰囲気を荒涼とさせずにはおきません。家じゅうを不自然でこわばった沈黙が支配し、家族は本人のちょっとした表情、しぐさにもおびえながら生活する日々を強いられます。とりわけ母親が暴力を受けやすく、まるで奴隷同然の扱いを何年も受け続けていることがしばしばあります。誇張ではなく二十四時間、べったりと密着した生活が続き、ゆっくり眠る時間すら奪われてしまいます。真夜中に叩き起こされ、本人が唐突に思い出した昔の恨みつらみを何時間でも延々と聞かされます。それでも「母親の相槌が気に入らない」といったことから、理不尽な暴力がはじまります。

 家庭内暴力の底にある感情は「悲しみ」です。単純な攻撃性なら、たしかに「気が済む」こともあるでしょう。しかし家庭内暴力は、そのような爽快感とは一切無縁です。暴力を振るうことでみずからも傷つき、暴力を振るう自分が許しがたく、しかしそのような「許せない自分」を育てたのはやはり両親なのだ、という自責と他責の悪循環があるだけです。  

 家庭内暴力への基本方針は、「暴力の拒否」です。専門家の中には、子供からの暴力はは甘んじて受けなさい、といったアドヴァイスをする人もいます。気が済めばおさまるし、親は暴力を振るわれるだけのことを子どもにしてきたんだから、というのが、その理由のようです。しかし臨床の現場にたちかえるなら、こうした対応は単純に間違いです。間違っているだけではなく、時には暴力を助長してしまいます。「進んで暴力に身をさらす」などという行為は、危険な挑発にほかならないからです。

 「拒否」といっても、もちろんそれは暴力との「対決」を意味していません。「対決」もまた、暴力を助長するだけだからです。暴力の拒否とは「暴力を押さえ込むための暴力」をも拒否するということです。力で家庭内暴力を制圧する試みは、ほとんど確実に失敗します。暴力は暴力の連鎖しか生み出すことはありません。

 また、すぐに入院治療をと焦るのも禁物です。家庭内暴力の入院治療は、本人が納得した場合にのみ有効ですが、強制的な入院(とくに安易になされる医療保護入院)はほとんどすべての場合失敗します。家庭内暴力のケースは、強制的に入院させてしまうと、病院内ではまったく「良い子」として振る舞います。診断のしようもなく、なんの問題行動を起こさない患者さんの行動制限は法的に不可能で、せいぜい長くて一ヶ月程度で退院になるでしょう。こうして家族への恨みをつのらせながら帰宅した本人が、以前にも増して激しい暴力を振るいはじめるのは時間の問題です。

 家庭内暴力について、その重症度、あるいは難しさを決めるのは、暴力の内容ではありません。むしろ問題となるのは「暴力の続いている期間」ということになります。かなり激しい暴力であっても、まだはじまって数週間なら、対処は比較的容易です。しかしそれほど激しさはなくても、何年も続いている慢性的な暴力では、かなり対応が難しくなります。ここでは大きく分けて、比較的対応しやすい「初期の暴力」と、長期化し、こじれた「慢性的暴力」の二つについて、その対応方法を具体的に述べてみましょう。

 どのような対応をするにせよ、まず暴力の背景を十分に理解しておくことはどうしても必要です。客観的な事実はどうあれ、本人の中では、これまでの人生が惨憺たるものだったとの思いが強くあります。受験に失敗したこと、自分の容貌のこと、恋人や友人が出来なかったこと、望んだ会社に入れなかったことなど、本人はみずからのこれまでの歴史を、あたかも失敗の連続のように捉えているはずです。彼らが辛うじて自殺の誘惑に陥らずに済んでいるのは、まさに「失敗」を他人のせいにすることによってです。

 しかし本人は必ずしも「自分がこうなったのは親のせい」であると確信しきっているわけではない。家庭内暴力のケースを治療してゆくなかで、ほとんどすべてのひとが「自分は親に迷惑をかけ続けてきた、ダメな人間である」と告白します。これもまた、彼らの本心なのです。このように彼らは自責と他責の間で引き裂かれ、心やすらぐことのない日々を過ごしています。精神分析家の神田橋條治氏が指摘するように、家庭内暴力の背後にある感情は、「憎しみ」ではなく「悲しみ」なのです。

 初期の家庭内暴力を沈静化するためには、まず「刺激しないこと」です。簡単なようで、これは意外に難しい。これを確実に成功させるには、本人にとってどんなことが刺激になりうるかを正確に知っておく必要があります。皮肉や嫌み、あるいは本人を傷つけるような冗談を口にしていませんか?ついつい決めつけるような、断定的な話し方をしていませんか?こうしたことも悪い刺激になり得ます。  

 暴力をふるわずにはいられないほどの「悲しみ」が、どのように起こってきたか。本人の劣等感を刺激せず、「恥をかかせない」ためには、何に気をつけるべきか。それを知るためには、ひきこもりとも共通する彼らの葛藤のありようを共感的に理解するところからはじめなければなりません。そして、ごく初期の家庭内暴力であれば、このような理解とコミュニケーションが十分になされるだけで、きれいに解消することもあるのです。

 本人の訴えてくる過去のうらみつらみについては、十分に耳を傾けて下さい。暴力は完全に拒否して良いのですが、言葉による訴えはそのぶん、しっかりと受容する必要があるからです。ただし、「耳を傾ける」ことと「いいなりになる」こととは違います。本人の恨みを言葉として十分に聞き取ること、同時にその言葉に振り回されないことが大切です。場合によっては、こうして話し合う姿勢をみせるだけで、暴力が沈静化することもあります。

 それではさらに重症の、長期にわたって続いている暴力についてはどうでしょうか。こちらはいうまでもなく、対応が格段に難しくなります。慢性化に至っている場合、小手先の対応を変える程度では、びくともしないことが多いからです。いや、それ以前に、対応を変えることすら難しくなっている。親がそれこそ、蛇に見込まれた蛙のようにすくんでしまい、身動きがとれない状況におかれてしまうのです。これほどこじれたケースに対してどのような解決策がありうるでしょうか。

 比較的穏当な方法として考えられるのは、他人を介在させることです。これはもちろん、誰かに暴力の仲裁役を頼むということではありません。そうではなくて、ただ家庭の中に他人が入ってくるというだけでよいのです。母親へ激しい暴力をふるっていた息子が、妹の婚約者が同居するようになってから、ぴったりと暴力をふるわなくなったというケースを経験したことがあります。もちろん本人は、他人が入り込むことをひどく嫌うのですが、いったん受け入れてしまうと、それが暴力を鎮めるきっかけになりやすいのです。

 ここでいう「他人」には、「警察」も含まれます。暴力の程度によっては、もちろん警察への通報も考えるべきです。ただしこれは、「警察が何とかしてくれる」からではありません。家庭内暴力の場合、家族が通報して警察官が駆けつけてみると、暴力はすっかりおさまっていることがほとんどです。ご存じの通り警察は、現行犯でもない本人に対して、せいぜい説諭するくらいしか出来ません。しかし、それでいいのです。要は「家族は場合によっては警察に通報するほどの覚悟が出来ている」ということが理解されればいい。「そんなことをしたら、後の仕返しがこわい」と考えて踏みきれない家族も多いのですが、これは家族の態度いかんです。通報すべき時は断固として通報し、それを繰り返すこと。このような毅然とした態度があれば、「仕返し」のおそれはほとんどないといえます。

 もう一つ、暴力の拒否のために私がもしばしば採用しているのは「家族の避難」です。  暴力と対決せずに、暴力を拒否するためには、暴力の場面から避難すること。もちろん家族には多大な負担となるでしょうが、適切に行えば、かなり確実な効果が期待出来ます。その具体的な方法について述べる前に、次のことは確認しておかねばなりません。これらの方法は、効果も大きいぶんだけ、リスクも伴います。またタイミングを誤れば、失敗する可能性も十分にあります。したがって、治療としての「避難」を実践する場合には、専門家と連携することが必要となります。

 繰り返し強調しておきますが、避難が有効であるのは、あくまでもそれが適切になされた場合のみです。くれぐれも「ただ逃げればいい」という短絡的な理解はしないでください。以下に避難のポイントを整理しておきますので、参考にしてみて下さい。

 *治療者と両親の間で、避難の方針と方法について十分に打ち合わせをする  *大きな暴力をきっかけにして避難する(きっかけなしに避難することはむしろ危険)  *怪我をしたような場合、しょうしょう大げさでも入院した方が良い  *避難は必ず、暴力のあった当日のうちに完了する  *当日中に、必ず親から本人に電話を入れる  *電話では「これから定期的に連絡する、生活の心配はいらない、いずれは帰るがいつになるかは判らない、どこにいるかも教えられない、暴力が完全におさまるまでは帰らない」と伝える  *この方針は本人の治療のために専門家と相談し、家族全員の同意を得て決めたことを伝える  *その後は定期的に電話を入れ、必ず五分間だけ話す。時間が来たら途中でも切る  *本人が落ちついたタイミング見計らって、一時的な帰宅や外泊を繰り返す  *外泊時の様子で、特に暴力もなく、また母親と穏やかに会話できる状態で安定したら、帰宅する  *以上のことを、専門家との密接な連携のもとで行う  *親の側は、暴力や脅しに屈せず、誠実で毅然とした態度でことに当たる  *帰宅までに要する期間はさまざまであるが、軽いものであれば一カ月程度でも十分に有効であり、長くても半年ほどで帰宅できることが多い


大辻山へ・・・11月16日・・・・・ブログ移動

乗鞍高原へー7月2~3日

信州縦断?野宿旅

能登半島一周

昨年の11月に九州へ行ってからはや半年

ゴールデンウイークも終わって、気候も暖かくなったというのに、一向に虫が騒ぎださない。

いつかはそうなるであろうとは思っていたが、歳をとったようでなんとはなしうらさびしい。

そこで、近場で虫の様子をみることにした。

そういえば、能登半島はむか~しところどころ行っただけで、一周はしていない。

明日からなんだか暑くなるというし、腰をあげることにした。

久しぶりの野宿旅で、準備にもたもたして11時ごろの出発となった。

距離約500キロ。最終日、千里浜で思わぬイベントに遭遇した。

大伴家持が越中国司として赴任したのは746年から751年のことだが、そのころ能登は越中国になっていた。家持は赴任して2年目に能登を一回りしたと言われているが、彼はどこを回ったんでしょうね。