4月15日 いいお天気だったので城山の桜を撮ってきました

4月4日 県協会の監査のついでに環水公園の桜を撮りました。

松川べりの桜

古城公園の桜・・・公園の中は2~3歳の幼児をたくさん見かけた、コロナなんか関係ないかのように

3月30日 二上山の遊歩道の桜

3月15日の日曜日 二上山は登山者がいっぱいでした。コロナの影響でしょうか。

さて、残り11県。最後に残るのは??

3月18日 福井県が落ちて残るは8県に

3月22日 岡山県が落ちて残り7県。

3月23日 青森県が陥落 残り6県。

3月26日 とうとう熊本県も陥落 残り5県

3月30日 とうとう富山県も陥落してしまった。

ウォーキングは、脳を活性化させ、ストレスを低下させ、つながりを感じさせる

<欧米で注目の「ウォーキング・セラピー」。その第一人者である臨床心理士のジョナサン・ホーバンによれば、自然の中を歩くことには、心理面、身体面、スピリチュアルな面で3つの効果がある>

 自然の中を歩くことで、ストレスや不安、さらには依存症、うつ病までも軽減される。それがいま欧米で注目を集めている心理療法、「ウォーキング・セラピー」だ。すでに多大なストレスを抱えているあなたには、現時点では大きな決断をする余力がないかもしれません。 

 ですから、当面の目標はスモールステップを1つずつ進むためのルーティンづくり。

 その上で、ウォーキング・セラピーについて具体的に検討していきましょう。

 このプロセスで留意すべきは、あなた自身の次の3つの側面です。

・心理面
・身体面
・スピリチュアルな面

 この3つはどれも良好なメンタルヘルスを維持するのに不可欠な要素で、チームのように互いに影響し合いながらバランス感覚や健康状態を高めてくれます。

 この3つの側面について、ウォーキング・セラピーがもたらす効果をもう少し詳しく見ていきましょう。<心理面の効果> ウォーキング中の脳の働きは、体の動きと連動しています。

 長時間座っていると、屋外で動いているときと比べて認知機能の働きがはるかに鈍くなります。

 動物の脳にとって、座っている状態は食事か、睡眠か、毛づくろいしているかを意味するからです。

 一方、歩いている状態は「神経を張りめぐらせて、狩りをしている」と認識され、脳の働きが活性化します。

<「幸福ホルモン」や、アドレナリンの分泌を促す効果もある>

 これに加えて、ウォーキングにはドーパミンやセロトニン、エンドルフィン、オキシトシンといった「幸福ホルモン」や、アドレナリンの分泌を促す効果もあります。

 その結果、気分が明るくなり、元気で幸せで、満たされた感覚を得られるのです。感情と体の動きはコミュニケーションの基盤であり、意識しているか否かにかかわらず、精神状態は姿勢やしぐさ、歩き方に表れるもの。

 ウォーキングは心を解きほぐし、感情を整理しやすくしてくれる上に、ボディランゲージを使って内面をオープンに表現する後押しにもなります。

 室内での対面カウンセリングからウォーキング・セラピーに切り替えたクライアントに表れた大きな変化の1つが、この点でした。なかでも、自然の中でのウォーキングの効果は絶大です。音や匂いや景色が、記憶と思考、感情を呼び覚ましてくれるのでしょう。

<身体面の効果>  

 ウォーキングの健康効果は計り知れません。

 血圧を下げ、マイナス思考を脇へ追いやることで心身のストレスを低下させます。

 コレステロール値を低下させ、代謝を活性化し、体重を減少させる効果もあり、その結果として血のめぐりが改善され、各臓器に酸素と栄養が行き渡り、頭がすっきりすることにもつながります。

 こうした効果を考えると、やはり継続的なセルフケアは何よりも優先されるべきだと痛感します。

<スピリチュアルな面の効果>  

 「スピリチュアル」という言葉に拒否反応を示す人もいます。

 ビバリーもそういうタイプだったので、私は代わりに「つながり」という言葉を使うことにしました。

 表現はともかく、スピリチュアルな側面があるからといって、ウォーキング・セラピーを敬遠しないでほしいと願っています。

 人間の体はもちろん物質で成り立っていますが、だからと言って「魂」の存在を否定することはできませんし、互いにつながりたい、自然と一体になりたいという根源的な欲求は誰にでもあると、私は信じています。

 だからこそ人間は、周囲と切り離されたと感じたときに、気持ちが不安定になり、さまざまなつらさを感じるのでしょう。

 ストレスが高じて視野が狭くなり、自分を癒してくれるものの代わりにストレス源となるものにばかり目が行くようになると、自分の内面のスピリチュアルな(あるいは、つながりを求める)感情が死んでしまいます。

 自然の中でのウォーキングは、自然との深く、強い結びつきを感じさせてくれます。 

 かすかにでもこの感覚を実感できれば、心の回復と幸福感、心身の健康にとってスピリチュアルな要素、あるいはつながりがいかに大切かを理解できるでしょう。

二上射水神社横の遊歩道に咲く花…3月9日

3月1日 二上山でヤマザクラが咲いていた。こんなに早いのは珍しいかも。 (カメラを持って行かなかったので枝を持ち帰って撮る)

3日前から鶯も鳴き始めた。まだ寝ぼけたような練習中のような声。

古城公園の梅が咲きましたーー2月12日

ナウル、世界一の贅沢に溺れた国の結末

不労所得による繁栄は、地獄への入り口

神野 正史

2017年3月23日

サウジアラビア・サルマン国王訪日

 今月、はるばるサウジアラビアからサルマン国王が来日していました。

 サウジアラビアといえば世界最大の産油国であり、日本は原油の3割をサウジアラビアからの輸入に頼っています。このため、日本とは切っても切り離せない深い関係にある国ですが、ほとんどの日本人は「サウジアラビア」と言われてもあまりピンと来ないかも知れません。

 サウジアラビアについては、これまでは時折、テレビ番組などで「原油産出国の金満ぶり」が紹介されるくらいでしたが、今回もその政治的・経済的背景よりも、サウジ側が持ち込んだ「エスカレーター式の特製タラップ」だの、「移動用のハイヤーが数百台」だの、「随行者1000人以上が都内に宿泊」だのといった、芸能週刊誌じみた下世話な話題ばかりが前面に押し出された報道がなされていたように感じます。

 しかし、今回の訪日で重要なことはそんなつまらないことではありません。なぜサウジアラビア国王が御自(おんみずか)ら極東の日本くんだりまでやってきたのか。その理由にこそ、現在サウジアラビアが置かれた切実な窮境があります

サウジアラビアなどの中東の産油国は、原油の輸出に偏った貿易構造からの脱却が長年の課題だ。

「金満体制」の本質

 ところで筆者は、マスコミで定期的に紹介される、そうした産油国の金満ぶりを見ても、彼らに対して羨望の気持ちなどまったく湧いてきません。それどころか、ああした金満ぶりをテレビカメラの前で自慢げに披露する人たちを目にするにつけ、憐憫の情すら湧いてくるくらいです。なぜならば、ああした金満はけっして長く続かないどころか、ひとたび零落(おちぶ)れたが最後、その後にはその国とその民族に末代まで悲惨な運命が待っていることは、歴史が証明しているからです。

 例を挙げれば枚挙に遑(いとま)がありませんが、まずは現代においてそうした問題を切実に抱える「ナウル共和国」を見てみましょう。

地上の楽園・ナウル共和国

 ナウル共和国とは、日本人にはあまり馴染みのない国かもしれませんが、かつて世界最高水準の生活を享受していたのに、一転して深刻な経済崩壊の状態に陥ったという点で、知る人ぞ知る国です。

 オーストラリアとハワイの間、太平洋の南西部にある品川区ほどの面積(21平方km)しかない小島にある共和国であり、世界でも3番目に小さな国連加盟国です。そこに住む人々は古来、漁業と農業に従事して貧しくもつつましく生きる"地上の楽園"でした。

 しかし19世紀、太平洋の島々がことごとく欧米列強の植民地にされていく中で、ナウルの"楽園"もまた破られることになります。そして、1888年にドイツの植民地になってまもなく、この島全体がリン鉱石でできていることが判明しました。

 リン鉱石とは、数千年、数万年にわたって積もった海鳥のフンが、珊瑚(さんご)の石灰分と結びついてできたもの(グアノ)で、肥料としてたいへん貴重なものでしたから、19世紀後半から採掘が始まりました。

ナウル共和国の経済を繁栄させた、リン鉱石の積出施設。(写真:Alamy/アフロ)

やがて第二次世界大戦を経て、1968年にようやく独立を達成すると、それに伴ってリン鉱石採掘による莫大な収入がナウル国民に還元されるようになります。

 その結果、1980年代には国民1人当たりのGNP(国民総生産)は2万ドルにものぼり、それは当時の日本(9,900ドル)の約2倍、アメリカ合衆国(1万3,500ドル)の約1.5倍という世界でもトップレベルの金満国家に生まれ変わりました。

 医療費もタダ、学費もタダ、水道・光熱費はもちろん税金までタダ。

 そのうえ生活費まで支給され、新婚には一軒家まで進呈され、リン鉱石採掘などの労働すらもすべて外国人労働者に任せっきりとなり、国民はまったく働かなくても生きていけるようになります。

 その結果、国民はほぼ公務員(10%)と無職(90%)だけとなり、「毎日が日曜日」という"夢のような時代"が30年ほどつづくことになりました。

 はてさて、これが羨ましいでしょうか?

古代ローマの場合

 ここで多くの人が勘違いする事実があります。それは、「(地下資源など)最初からそこにあるもの」は"ほんとうの富"ではないということです。富でないどころか、それは手を出したが最後、亡びの道へとまっしぐらとなる"禁断の果実"です。

 たとえば──。

 古代ローマは、周辺諸民族を奴隷とし、その土地を奪い、その富を食い尽くしながら領土を広げていき、やがては空前絶後の「地中海帝国」を築きあげていきました。彼らローマ人は、そうして手に入れた属州(19世紀の植民地のようなもの)から無尽蔵に入ってくる富を湯水のように使い、贅の限りを尽くしていきます。

 富と食糧は満ち溢れ、すべてのローマ市民には食糧(パン)と娯楽(サーカス)が無償で与えられ、運動場・図書館・食堂まで併設された豪華な浴場施設(今でいえば一大レジャーランド)が各地で無料開放され、下々の者に至るまで働かずとも飢えることはなくなり、貴族などは食べきれない豪華な食事を、喉に指をツッコんで吐いては食らい、食らっては吐くを繰り返す有様。

しかし、こうした自堕落な生活は、その民族の精神を骨の髄まで腐らせていきます。そもそもローマが強大になることができたのは、外に対しては命を惜しまず勇敢に戦い、内にあっては勤勉に働いたからです。

 しかし、人間というものは、ひとたび不労所得や贅沢を覚えたが最後、「額に汗して働く、貧しくともつつましやかな生活」に二度と戻ることができなくなります。つねに「怠けること」「遊ぶこと」「他者の富をかすめ取ること」しか頭にない人間に成り下がってしまうのです。

 あれほど勤勉で勇敢だったローマ人たちは、たちまち怠惰で軟弱な民族と化し、やがてローマそのものを滅ぼすことになりますが、そうした民族性は改まることなく、西ローマ帝国滅亡後も1400年にわたって異民族統治・分裂割拠の時代がつづく一因となりました。

 20世紀に入っても、イタリア軍のヘタレっぷりは世界に勇名を馳せた(?)ほど。そして現在、一説にイタリアはデフォルト(債務不履行)寸前とも言われます。

 つねに怠けること、遊ぶことを考え、額に汗して働くことを避け、さりとて分不相応な贅沢はやめず、国の生活保障に頼りきりとなれば、それも当然と言えます。古代ローマの時代、不労所得を得た"報い"が21世紀になった今も彼らを苦しめているのです。

近世スペインの場合

 さて、近世に入ると、スペインが他国に先駆けて絶対主義を確立するや、アメリカ大陸を"発見"、そこにあった"富"を略奪し尽くしていきました。これによりスペインは「スペイン動けば世界が震える」「スペインの領海に日没なし」と謳われ、その時代の覇権国家として君臨したものでした。

しかし、その富は、スペイン人が額に汗して生んだものではありません。インディアンの富を略奪したものです。ローマについて覧(み)てきたとおり、このような"繁栄"は長続きしないどころか、民の心を腐敗させます。

 100年と保たずに新大陸の富を食い尽くすや、スペインはたちまち没落、二度と歴史の表舞台に出てくることはなくなり、現在、スペインもまたイタリア同様、やはりデフォルト寸前です。

"楽園"は地獄への入口

 "ほんとうの富"とは「額に汗して自ら生み出した富」だけであって、「最初からある富」から不労所得を得るだけの繁栄は、一見"楽園"にみえて、そのじつ"地獄の一丁目"にすぎません。

 それで得た繁栄などほんの一時のことにすぎないばかりか、それが過ぎ去ったが最後、まるで不労所得を得たことへの"神罰"が下ったかのように、その国その民族を子々孫々にわたって苦しめることになるからです。

 ナウル共和国では、働かなくても食べていけるようになったことで、働きもせず毎日「食っちゃ寝」の生活が当たり前となり、食事はほぼ100%外食に頼るような生活になりました。

そうした生活が30年にもおよんだため、肉体が蝕(むしば)まれて、全国民の90%が肥満、30%が糖尿病という「世界一の肥満&糖尿病大国」になりました。そればかりか、精神まで蝕まれて、勤労意欲が消え失せ、そもそも「食べるためには働くのが当たり前」という認識すらなくなっていきます。

 すでに20年も前からグアノ(リン鉱石)が枯渇するだろうと予測されていながら、ナウルの人々は何ひとつ対策も立てず、努力もせず、ただ日々を自堕落に生きていくことしかできない民族となっていったのでした。

ナウルの"ほんとうの悲劇"

 しかし、ナウルの"ほんとうの悲劇"は、肥満でもなければ糖尿病でもなく、ましてや勤労意欲が失われたことでもありません。

 さきほど"地獄の一丁目"という表現を使いましたが、文字通り、彼らのほんとうの悲劇はここから。一番の問題は、もはや二度と「"古き佳きナウル"に戻ることができなくなった」という事実です。

 いざグアノが枯渇したとき、彼らが考えたことは「嗚呼、夢は終わった。我々はふたたび額に汗して働こう」ではありませんでした。すでに精神が蝕まれ切っていた彼らが考えたことは、「どうやったらこれからも働かずに食っていけるだろうか?」でした。すでに"末期症状"といってよいでしょう。

 そこで彼らがまず取った行動は、国ごとマネーロンダリングの魔窟となり、世界中の汚れたカネで荒稼ぎすること。それがアメリカの怒りを買って継続不可能となると、今度はパスポートを濫発してテロリストの片棒を担いで裏金を稼ぐ。それもアメリカから圧力がかかると、今度は舌先三寸でオーストラリアから、中国から、台湾から、日本から資金援助を引き出す。

 テロリストへのパスポート濫発などといったことに手を染め、ほとんど"ならず者国家"と成り下がった惨状ですが、それでも彼らはけっして働こうとはしません。

── 病膏肓(やまいこうこう)に入る。

 ナウル人が額に汗して働くことはこれからもないのだろうと、筆者は思います。ナウルが亡びる日まで。

資源のない日本の幸運

 このように、「不労所得」という禁断の果実にひとたび手を出したが最後、あとはけっして後戻りできない"亡びの道"を一直線に歩むことになります。泥棒がなかなか足を洗えないのも、博打打ちがなかなかギャンブルをやめられないのも、宝くじ高額当選者に身を持ち崩す人が多いのも、すべてはこの"禁断の果実"を味わってしまったからです。

よく「日本には地下資源がない」と嘆く表現を見かけますが、筆者は「日本に地下資源がなくて本当によかった」と心から思います。地下資源がないからこそ、それを補うために頭を悩ませて創意工夫し、額に汗して勤勉に働いて富を生み出していかなければ国を維持できません。

 そうした厳しい歴史を歩んできたからこそ、日本人は洗練され、世界に冠たる国のひとつとして繁栄することができたのです。なまじ豊富な地下資源などがあったら、それに頼って怠けることを覚え、諸列強からその富を虎視眈々と狙われ、他のアジア諸国同様、日本も19世紀に植民地とされ、亡びていたことでしょう。

ナウルを反面教師にして

 今回、サウジアラビアの国王が御自らわざわざ出向いてまで日本にやってきたのは、こうしたことへの危機感からです。21世紀に入って以降、急速に石油に頼らない新エネルギーの開発が進んでいます。遠からず石油に頼らなくてもエネルギーがまかなえる時代が到来するでしょう。

 そうなってしまう前に対策を立てておかなければ、サウジもナウルの二の舞となることは火を見るより明らか。そこで今回、石油だけに頼る経済体制から脱却するべく、日本に経済協力を要請するためにやってきたのです。

 じつはこれ、地下資源の乏しい日本も他人事ではありません。今の日本が豊かなのは、先人たちの血の滲むような努力の賜(たまもの)です。

 現状の豊かさを維持するだけでも、若者には一層の智恵と努力が必要になってくるのに、今の若者を見ていると、先人たちが築きあげたこの"過去の遺産"にどっぷり浸かり、これを食いつぶしながらラクをすることばかり考えているように見えます。もしそうであるならば、日本の未来は殆(あや)うい。短期的視点でリン鉱石(グアノ)に依存したナウルと同様に、日本人が「先人の築きあげた富」に依存してしまえば、我が国もナウルのあとを追うことになるでしょう。